フランスにいる知財の人間として最も多く質問を受けるのがSeizure (セイジャ―またはセジー)である。適切な日本語訳に長く迷った。当初「差押」の訳語が多かったが、訴訟手続きの一部として、証拠物品を確保するという観点からは「証拠保全」の訳が妥当にも思える。 最近、日本の査察制度ができ、その際に引用された制度として「査察」との呼称もしばしば聞く。ドイツの現地確認制度をInspectionとの英語訳を用いて紹介されたせいかもしれない。以下2010年の講演論文の冒頭部を手直しして記す。最近のプレゼン付きであらためて別稿を設けたい。
1.Seizureとは?
疑いのある侵害証拠を本案訴訟の前に獲得する法的手段である。
フランス語Saisie-contrefaçon(セジ・コントルファソン)を語源とする。英語では一般にSeizure(セイジャー)と呼ばれる。
具体的には、
・正当な権利者が、
・競争相手の、
・製品、方法に関する技術的、商業的情報を、
・相手の店舗・工場で、
・相手の同意なく、
・獲得することができる、
ものである。
2.欧州の状況
(1)起源
Seizureは、フランス革命の直後である1791年に初めてフランスで導入された。侵害の証拠を取得する手段としてベルギー、イタリア、スペインにも古くから存在していた。その簡易でかつ強力な証拠保全制度の利点は導入国で広く認められていたが、EUにて採用されることとなった。
2004年、欧州指令2004/48/ECにより、EUでSeizureが導入された。
(2)欧州での規定
2004/48/EC指令が全加盟国において採択された。「指令」とは、加盟国に対し法的拘束力を有し、各加盟国は、その目的を果たす義務を有する。指令の目的が適切に達成されるために、加盟国は自国の関連法を改正する場合がほとんどである。英国・ドイツも2007年までに関連法の改正が完了した。
2004/48/EC指令の7条(1)では以下のように証拠保全手段を規定している。
7条-証拠保全手段
(1)加盟国は、事案によっては訴訟手続開始前であっても、合理的に入手可能な証拠を提示した者の申し立てにより、知的財産権が侵害され、または、侵害されようとしているとの主張を裏付ける、被疑侵害に係る関連証拠を保全するための迅速かつ効果的な暫定的措置を、権限を有する司法当局が、秘密情報の保護を条件として、命ずることができることを確保しなければならない。
かかる措置は、以下を含むことができる。
–詳細な記述
–サンプルの採取の有無、
–侵害品の強制的押収、
–適切な場合には、製造に利用される物質や器具の押収、及び/又は関連商品
-及び関連する文書
ここで、「詳細な記述」とは原文で「Detailed Description」であるが、実際には、証拠保全現場で記述された「調書」を指す。すなわち、執行官(Bailiff)が侵害者の工場や経理部門で見たこと、聞いたことを記述した文書であり、それは裁判においては真実として扱われ、重要な証拠となる。
Seizureは、必要な場合には、相手方当事者への審尋なしに講じられなければならないことと規定されている。すなわち、何ら事前の通告無く実行することが可能な証拠保全である。
証拠保全の遅延により、権利者に回復困難な害悪をもたらす恐れがある、または、証拠が隠滅されてしまう危険があることを証明可能である場合には、審尋なしに講じられることが特に要請される。そして、利害関係人は、遅くとも証拠保全措置の執行後に、遅滞なく通知されなければならない。
(3)付帯事項
2004/48/EC指令では、以下の付帯事項が規定されている。
被告が被る損害の補償を確保するための十分な担保又は等価な保証(7条2)
申立人が、所管の司法当局より裁かれる本案訴訟の手続が、合理的期間内にない場合には、その証拠保全措置は申し立てられた損害賠償を損なうことなく無効とするか、さもなくば、効果発生を停止しなければならない。(7条3)
証拠保全措置が無効とされた場合(または知的財産権の侵害又は侵害の恐れが存在しなかったと事実認定された場合)には、司法当局は、申立人に対し、当該措置により引き起こされたいかなる被害についても被告に対し適切に補償するよう命令する権限を有する。(7条4)
EU同盟国においてEU指令は最小限の特徴を提示している。従い、上記の「保証」「担保」や「補償」も各国実務慣例により大きく異なる。後段で詳述するが、例えばフランスでは「保証」「担保」や「補償」を不要となるよう、現場サンプルのみを実費のみを支払って確保する等行なう。
指令が同盟国各国法に組み入れられる段階において、既存の各国のシステムや使用を考慮に入れ、裁量が与えられている。各国で許容される裁量とは例えば以下のようなものである。
- 証拠保全の命令に必要な合理的に入手できる証拠のレベル(例:店舗販売された製品が証拠保全命令の証拠となりうる。証拠不要とも設定できる一方で、高い証拠レベルを求められる国もある。)
- 秘密情報保護の範囲、定義
- 記述される・獲得されるものの範囲、定義
- 相手方当事者の審尋なしに押収・差押に必要な条件、等
(4)欧州各国におけるSeizure実施形態の比較
Seizureは、全EU加盟国にて導入され証拠保全をする目的は実現されているが、各国法での裁量により、実施形態が異なる。比較表を下記に示す。
国 | 要求事項 | 専門家 | 保全物 |
FR | 知財権+証拠 | 弁理士 | 調書/製品/伝票等 |
DE | 知財権+証拠 | 裁判所指定 | 調書 |
BE | 知財権+証拠 | 裁判所指定 | 調書/製品/伝票等 |
IT | 遅延によるリスクの存在 | 弁理士または裁判所専門家 | 調書/製品/伝票等 |
NL | 知財権+証拠 | 裁判所指定 | 調書/製品 |
GB | 証拠への高い要求 | 裁判所指定 | 調書/製品 |
Seizure実施への要求事項として、フランスでは知的財産権の存在のみでよく、またドイツ、オランダ、ベルギーではこれに合理的に入手可能な証拠を提出すればよいが、イタリアでは、証拠保全が遅延することによるリスク(危険性)が存在することを証明する必要があり、イギリスでは証拠へのより高い証拠を要求される。
Seizureの実行に同行する専門家として、特許に詳しい弁理士が同行できることが望ましいところ、国によっては特許と関係ない専門家が指定されてしまう場合もある。
また、Seizureの対象物にも差異があり、商業上の文書(売上伝票・発送伝票等)を取得できない国もある。ドイツでは調書のみ取得可能であるが、現場での調書が裁判での証拠となる点では有用である。
以上より、現状では、フランスがSeizureを最も有効に利用しうる状況にあると考えられる。現にフランスでは毎年350件程度の特許訴訟のほとんどがSeizureを経ている。多くの判例から運用形態が確立され、手続が簡素であり、費用も低廉(3千ユーロから2万ユーロ程度)という背景もある。