「プログラムやソフトウェアの発明を欧州で権利化するのは難しいんですよね。」という意見を耳にすることが、これまでかなりありました。ある日本出張の際には、東京・名古屋・大阪で同時に同じ意見を伺うことも。「これはまずい、日本のIT×知財業界の方が欧州に苦手意識をもってしまう」と思い、欧州特許庁(EPO)の審査官にその旨のメール。その後に、CII(Computer Implemented Invention)コンピュータ実施発明部門のEPO審査官チーム訪問をパリの事務所で受けました。同部門長の方より、日本の方へのメッセージとして、「日本の方が苦手意識を持つのは分かる。でも是非、EPOのやり方を知ってください。そうすればドアは開けています。」でした。(ちょっと高飛車だな、とも感じましたが笑)
でも、丁寧にプログラム発明の権利化を解説くださり、また予定するガイドライン改定を提供くださるなど、とても親切でした。その際の要点を以下示します。
CII(コンピュータ実施発明)の審査(発明性と進歩性)
1.1 プログラムそれ自身(as such)は特許性から除外する規定があり(52条(2)(c))、まず何らか技術的特徴を有することが必要です。単なる計算方法・ルール・ポリシーなどは、それ自身のみでは発明でないものとして除外されます。
従って、技術的特徴を有するべく、少なくとも何らかのハードウェアと組み合わせてプログラムを表現する必要があります。これで1つ目のバーをクリアします。そのため何らかのハードウェアと組み合わせた例を明細書中に含めておくことをお勧めします。
1.2 次にその技術的特徴が何か新規であり、さらに「更なる技術的効果」(further technical effect)を有することが求められます。この更なる技術的効果として、車のブレーキ制御や安全なデータ通信など、実体的な技術的効果を有する必要があります。 これを有しない場合、”Notorious knowledge”(良く知られた知識)として、形式的には進歩性なし、の拒絶理由が届きます。その際は、特段の先行技術調査をせず、一般的な古い文献(例:単なるサーバとクライアントの回路図)と共に通知されます。
1.3. 更なる技術的効果を有する場合、ちゃんと先行技術調査が行われ、一般の発明と同じような進歩性審査が行われます。先行文献に比較して課題解決アプローチを経て自明でないとされれば進歩性ありとして特許になります。
II. クレームの書き方について
ガイドラインではCII発明のクレーム例を示しています(F-IV 3.9)。これによると、コンピュータ発明について、種々のクレーム構造が可能であるが、通常は”方法クレームから始まる。”とあります。この点、日本で「モノ」のクレームすなわちプログラムを請求項1とすることが多いところ、欧州でプログラム発明を捉えるには方法の発明として捉える方が容易であるようです。少なくとも一つの方法の請求項を入れておくことをお勧めします。
ガイドラインのクレーム例(F-IV 3.9.1):
請求項1(方法)コンピュータに実施される方法であって、Step A, B,…からなる方法
請求項2 (装置)請求項1の方法を実行するための手段からなるシステム
請求項3(プログラム)コンピュータによる実行時、請求項1の方法[ステップ]をコンピュータに実行させる指示からなるコンピュータプログラム
ここで、請求項3において「プログラム」自身を権利化できていることに注目です。発明性の条文(52条(2)(c))にて「プログラムそれ自身は除外」と記述がありながら、ガイドラインでは、プログラムそれ自身が特許できる例を示しています。
以上のクレーム形式により方法・システム・プログラムの権利化が可能となっています。
III. AI発明
2018年11月にEPOがAI発明に関するガイドラインの項目を設けました。そこでは、AIは特別扱いせず、上記のCII(コンピュータ実施発明)の一部として扱うとされました。AIは、本質的に抽象的な数学的性質のものであるとされ、発明として扱うかどうかは「技術的側面」をみる、とされています。
許容される例として、「被験者の不規則な心拍を識別できる心臓監視装置におけるニューラルネットワークの使用」が示されています。この例は、心拍測定という目的及び心臓監視装置により技術的側面を有するとされました。
一方、許容されない例として、「明確な技術的目的を持たない抽象的なデータ記録の分類」が挙げられています。
ガイドラインは未だ抽象的なゾーンを含みますが、AI発明の出願が増加する現在、今後の判例を通じてより明確になっていくと思います。