2020年を2010年から振り返って

知財系 もっと Advent Calendar 2020への参加の機会をいただき、この機会にパリIP通信としてparis-ip.comのドメインを取得し、Blogリニューアルをしてみました。パリの特許事務所に勤務し、普段は欧州特許・フランス特許の権利化・訴訟を主たる業務として行っています。よろしくお願いします。

 2020年の最後を迎えるにあたり、せっかくなので世界の特許界を大きく10年にわたり振り返ってみようと、「2020年を2010年から振り返って」というタイトルを思いつきました。

 世界の知財を振り返るために、IP5 statistics reportを拝借します。IP5とは日米欧韓中の主要5か国の特許庁で、毎年各国の公式データを元に多くの興味深い統計グラフが示されています。最新版は現時点でも完全版はIP5 statistics report 2018(2017年出願データ)であり、IP5 statistics report 2019のPreliminary versionとして示されるグラフを拝借します。

IP5 2009-2019 Patent Application 5極特許庁 特許出願件数 2009-2019

中国の出願件数が激増した10年であるといえます。それ以外の四極は実はほとんど変化していない、とすら見えるグラフです。

もう少し細かくみるために、一つ前のIP5 statistics report 2018そしてIP5 statics report 2013における世界の出願件数経過をみてみます。(2019は上掲のPreliminary版のみ)

 IP5の統計グラフは多様なグラフが示されており、読み解くのに注意を要します。Patent FilingとPatent Applicationは定義が異なり、前者はPCT出願は1件とカウント、後者はPCT出願移行後の各国移行を1件とカウント、これに各国出願を加えています。また”ORIGIN”であり、各国の居住者が出願した件数、出願元の件数をカウントしています(出願先の件数なら”FILING BLOC”)。すなわち、その国に在籍する企業・国民が自国及び外国へ出願した件数(移行も1件カウント)を示します。

 中国の件数の伸びに隠れますが、米国・欧州・韓国が堅調に出願数を伸ばしているのが見えます。日本は2014年に向けて縮小傾向であったもののその後持ち直しています。

 2010-2020年の世界を出願件数でみると中国が大きく突出してしまうため、「特許付与」件数をみてみると、だいぶ中国の件数が落ち着いて見えます。出願でなく行使しうる権利の数であり、このグラフの方がまだ各国の知財力を適切に反映しているような印象を得ています。日本も欧州もかなり健闘していると見れます。

 さて一方、欧米日中韓の「五極」間相互の出願について10年間の変化をみます。IP5のオリジナルグラフもありますが、日本国特許庁の年次報告書は毎年継続的に分かりやすい分析を提供しており、こちらを拝借します。

出典:特許庁年次報告書2010年版
出典:特許庁年次報告書2020年版より

 まず、欧州から米国、日本から米国への矢印が一番太いことに気づきます。欧州の円の大きさは欧州特許庁EPO向けの出願のみで各国出願を含まないため、注意が必要です。

 多くの矢印の増減に発見が多くあるこのグラフ比較ですが、個人的には、この図を毎年見るときに最も注意しているのが中国から各国への矢印の増加です。中国の国内出願件数が激増、またPCT出願件数も増加する中、2010年時点に「中国からの移行件数が激増するかもしれない、注意を払おう」という予想をたて、いくつかの場所で意見を述べてきました。しかし、中国から欧米韓日への出願件数(各1万件以下)はその国内出願件数の規模(150万件超@2018出願)に比べるとまだ限定的にみえます。ただし、この10年間で中国から日米欧への出願件数がそれぞれ増加し、(対:日772件、米4,455件、欧1,510件から対:日5,325件、米32,615件、欧9,401件へ)と6.9倍、7.3倍、6.2倍となっています。中国への出願件数全体は5.3倍。中国の外国出願への傾向が高まっていることも推定されます。

 JPOが統計を公表していた「グローバル出願率」(2016以降が年次報告書になくなり残念!)では、各国自国に出願した特許のうち外国へ出願した特許の割合を示します。この点、欧州・米国が50%前後で推移するのに対して日本は低いことがしばしば指摘されてきましたが、2009年 25%→2013年 32%と上昇傾向にあり、また2019年特許庁目標によると「平成35年(2023年)にグローバル出願率37%に引き上げることを目指します」とあり、政府の支援施策もあり、引き続き上昇傾向にあると思われます。日本国内出願件数は大きく増えない一方で、外国への志向が高まっていることが見えます。

 もう一つ、欧州特許庁による2025年の知財の世界を報告書「Scenarios for the future(未来のシナリオ)」をレビューしてみます。2025年の知財の世界がどうなるか、欧州特許庁が50以上の各界の有識者のインタビューを元にして2年間をかけ1作成しまいた。時代を動かす力(ドライバー)について考察し、知財の将来像を問いかける壮大なテーマに取り組んだレポートでした。

 多様な意見を4つのシナリオに整理しており、ものすごく要約すると以下の図になります。各シナリオのテーマとドライバー、そしてKey Questionは以下の通りです。

EPO “Scenarios for the future” より筆者作成

以下は各シナリオの要約を””で示し、レビューを試みます。

シナリオ1「Market Rules」(市場原理の世界)Businessビジネスが主たるドライバー

 ”特許制度は繁栄し、より多くのプレイヤーが参入し多様なサービスも知財の対象となる。その一方出願件数増加による各国特許庁の滞貨も増加し、各国間の協調を進めざるを得なくなる。2025年の世界では、特許はグローバルな商品となり、活用される金融資産となる。投資価値の高まりと併せて投機の対象となるため、経済的な規制も生まれる。”

 知的財産を含む無形資産の価値は上がり続けているといわれますが、単独で特許が取引される商品にまでは至っていません。しかし、スタートアップにおいて特許が投資を呼び込むコアになってる事例も多くみられ、また、一部の国で特許ファンドが形成され、利益から配当が提供されており、金融資産的性質を帯びる局面もあります。2020年時点において、市場原理のシナリオは進んでいると言いうると思われます。

シナリオ2「Whose game?」(誰のゲーム?) Geopolitics地政学が主たるドライバー

 ”現在の先進国が主導する知財の世界が、新興勢力によってバランスが変わる。2025年の世界では、知財は依然として強い力を持つが、地域・分野によっては綻びまたは破綻が生じ、分断される。”

 中国の知財世界におけるシェア増加は極めて大きいものがあり、一方で、その国内出願規模に比して外国出願が限定的であることは、分断というよりは中国に閉じた世界が生まれている、とも言いうるかもしれません。大きな新興勢力(BRICS等)が現れるかもしれないと言われながらも、バランスを変えるほどのインパクトがあったのは中国のみといえるのではないでしょうか。そうすると、2020年時点において、この中国の存在感においてこのシナリオは進んだと言えるかと思います。

シナリオ3「Trees of Knowledge」(知恵の木)Society 社会が主たるドライバー

 ”社会的な運動が、ビジネス・政府・個人の層で高まり、A2K(知識へのアクセス)運動に発展していく。イノベーションの対価が創作者に保証されつつも、知識が公共の利益になることをどう保証するかが主たる論点となる。消費者・ユーザー主導の世界が築き上げられ、2025年には特許制度はほとんどの技術分野で廃止される。”

 このような考え方は現在も存在するとはいえ、前半の特許出願統計に示される通り、特許制度は廃止されるどころか、発展を遂げていると言えるかと思います。従って2020年においてこのシナリオは進んでいないと言いうるかと思います。

シナリオ4「Blue Skies」(青い空)Technology 技術が主たるドライバー

 ”環境問題、自然災害の解決に資するような技術がライセンスを介して活用され、また特許も翻訳ツールの進化で取得しやすいものとなる。2025年にはITの進化で各国特許庁も技術変化に迅速に対応でき、協調的なイノベーションが進む。”

 後段のITとAIの進化により、翻訳ツールも発展し、各国特許庁の対応はより速く、また特許も取得しやすい方向にあると感じています。協調的なイノベーション、オープンイノベーションは加速しているとはいえ、環境問題・自然災害の解決に資するような技術がライセンスを介して活用されているかというと、より多くの具体例を待つ状況にあるかと感じます。2020年において、確かに技術が特許を後押しするドライバーになっていますが、社会問題解決への特許活用はまだ途上といいうると考えます。

 4つのシナリオに掲げられたドライバーとKey Questionは現在2020年も有効ながら、答えは出ていない問い、そして知財全体に投げかけられた大きな問いであると改めて感じました。最近の統計と共に、これらの問いを見直す機会を得たことを感謝します。

2025年の知財の世界、どうなっているのでしょうか、楽しみですね。

それでは、読者の皆さま、良いクリスマスと年末年始をお迎えください。

またお便りします。

参考文献:

1) Key IP5 statistical indicators 2019, five IP offices

2) IP5 statistics report 2018 edition, 2013 edition, five IP offices

3) 日本国特許庁 特許行政年次報告書 2020年版、2015年版

4) EPO Scenarios for the future  

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