「宇宙と特許」について語る機会を、国際宇宙会議 (International Astronautical Congress IAC2018)で得ました。宇宙と特許の基本的な論点を以下に示します。(LES Japan記事への投稿2018 Decを修正)
特許法はどこまで及ぶか?がまず問題になります。特許条約の世界が属地主義を元にするところ、領土、特に領空が焦点になります。なお、パリ条約5条の3では、「領空」に偶発的に入った場合、特許権の侵害とならない、との趣旨が規定されています。この趣旨は、日本国特許法においても規定され、69条2項1号では、単に「日本国内」を通過するに過ぎない航空機又はこれに使用する機械等には特許権の効力が及ばない、とされています。
領空と宇宙空間の境界をどこにするのか?について、いくつかの見解がありますが、実際には多くの国が海水面から100kmを便宜的に基準としており、これを「カーマン・ライン[i]」と呼びます。
従って実際上、このカーマン・ラインより高い空間は宇宙空間として各国の主権が及ばず、すなわち特許権も及ばないこととなります。
一方、国際的な宇宙法の基礎であるいわゆる「宇宙条約」Outer Space Treaty[ii]には宇宙空間の各国の活動について規定があります。宇宙条約の第一条には、「月その他の天体を含む宇宙空間は、自由に探査し及び利用できるものとする。」という大原則が記載されています。
そうすると、上記カーマン・ライン(海抜100km)以上の宇宙空間においては、特許権の効力はもはや及ばず、そこで実施される発明、またそこで生まれる発明には特許権の効力が及ばない、すなわち宇宙空間においては模倣し放題になってしまうものか、と疑問が残ります。
しかし、宇宙条約第八条には、“宇宙空間に発射された物体が登録されている条約の当事国は、その物体及びその乗員に対し、それらが宇宙空間又は天体上にある間、管轄権及び管理権を保持する。”と規定されています。ここで「登録」の当事国とは通常はロケットの発射国を指します。
したがって、宇宙物体の発射に際して登録された国の特許法は、その宇宙物体の製造または販売される発明に適用されると主張し、議論する余地が残っていることとなります。
宇宙開発の先進国である米国は、宇宙空間における発明を2015年米国特許法105条[iii]において具体的に法制化しました。
“宇宙空間において合衆国の管轄権又は管理権の下にある宇宙物体上又はその構成部分上で行われ、使用され又は販売された発明は、この編の適用上合衆国内で行われ、使用され又は販売されたものとみなす。”
米国は他国に先駆けて宇宙空間での発明にも特許法を適用することを可能にしており、この米国法は、「準・属地主義」を有するともいわれます。現在のところ、このような特許に関する法制度を持つ国は他にはありません。
さて、宇宙開発・宇宙ビジネスが活性化する日本、我が国日本国もかかる制度を持つべきではないか、一つの良い方策と考えます。一方、例えばロシアや中国等も同様の法制度を持ったらどうなるか、かかる「宇宙特許法」を持つ国の間の調整をどうするか、「宇宙特許法」を持つ国と持たない間の調整をどうするか、想定される論点は多く残ります。
では、宇宙空間では特許法は適用されない方がよい、という立場も改めて浮上します。ただ近い未来では、宇宙が民間事業の経済圏となることが予定されており、宇宙空間においても研究開発を行う者の動機付け・モチベーションを確保するために、宇宙空間でも地球上と同等の特許法が必要になりえます。
そこで、国際間の公平な調整、及び発明への動機付けの確保から提案できるのは「宇宙特許」の策定です。私見ですが、例えばPCT出願の指定国の一つとして「宇宙特許」(Space Patent: SP)を設けることは一つの実行可能な案になりうると思われます。宇宙空間における特許の国際的な議論を進めていきたいところです。
なお、フランスから「パリ通信」のトピックとしては、カナダ知財庁が今年7月に公表したOECDの手法を用いた「宇宙分野における特許出願 各国比較」[iv]があります。対象国の宇宙分野の特許シェア/全分野における特許シェアであり、OECDが種々の分野における各国の強度・活性をみる一つの指標です。
宇宙分野の特許出願活性 各国比較[v] これによると、フランスが一位、米国、カナダ、中国、英国、ドイツ、韓国の次に、日本となっています。宇宙×特許では、意外にも活性の高いフランス、そして意外に順位が低い日本、という結果となりました。日本はおそらく他の分野の活性が高いため、と推定されますが、これから宇宙×特許の活性が上がることも願いながらウォッチします。
[i] Karman Line,
[ii] Treaty on Principles Governing the Activities of States in the Exploration and Use of Outer Space, including the Moon and Other Celestial Bodies
[iii] 35 U.S. Code § 105 – Inventions in outer space
[iv] Canadian Intellectual Property Office, ”Patents in Space”, 2018 July
[v] ivより著者作成